かつて、田人地区の人・まち・自然等の交流情報を広く紹介し、都市との交流を推進することを目的に創刊された情報誌「歩ら里(ぶらり)」。ここでは、その「歩ら里」の中から様々な方が執筆されたコラムを厳選し復刻掲載いたします。
第二回目は平成11年3月に発行された「歩ら里」2号から「旅人(たびうと)」をお届けします。
田人町旅人は、四時川北側の渓谷中に在って、その渓流は東に下って鮫川へ入る。
昔は整備された道路などなく、不便を極めており、「村人が隣村又は近接せる字へ往復するにも、山を越え谷を踰え、旅人の装いをして交通する状態なりしより、古来、旅人と云う。」これが村名の起こりと言われている。
江戸時代、旅人は棚倉藩に属し明治六年七月十五日、入旅人・出旅人村を併せて旅人村となった。
今は道路(国道二八九号等)の整備も進み、交流が盛んに行われている。
-田人情報誌「歩ら里」2号より転載-
数百年前、田人の朝日山や仏具山や明神山はブナ林に被われていたと思われます。根室の明神山に今も二十本近く残っているブナの大木はその事を物語っています。
確とした樹齢は分かりませんが、明神山の西側斜面のブナはいわきにあるどのブナよりも大木です。幹回りで三メートル以上はあります。ブナは建材や家具材としては役に立たなかったし、杉が植林されるよう になってからはここのブナ林はますます狭められていったものと思われます。
この頃、ブナ林がおいしい水を作り、保水力も高く、また多様な動植物を育む点が見直されています。いわきではブナは希少種に位置づけられています。明神山のブナは市の天然記念物にも値すると私は思っています。伐採されることなく、いついつまでも残ってほしいものです。
そして田人の方々にも誇りに思っていただき、気候にも適しているのだからブナ林を拡げてその恵みを生かし、町づくりに活用していただきたいと願っています。
-田人情報誌「歩ら里」創刊号より転載-